![]() 紫の花 額寸:45×53cm |
![]() 闘牛士 |
![]() ピエロ・ジョジョ |
![]() 赤い背景のピエロ |
![]() 果物のある静物 |
![]() 2羽の鳥 額寸:45×53cm |
![]() 海岸 |
![]() ボトルのある静物 |
![]() 小さな海岸 額寸:73×53cm |
![]() 村の道 |
![]() ミミズク |
![]() アルバム・パリ〜ポン・ 額寸:98×82.5cm |
![]() ヴォージュ広場 |
![]() バラ |
![]() ベゴニア 額寸:72.5×96cm |
![]() エヴェッシェ公園 |
![]() ポン・ヌフ |
![]() リアルト橋 額寸:93×80cm |
![]() 花瓶の3本のバラ |
![]() 舌平目 |
![]() 青い基調の花束 |
額寸:82.5×65cm |
![]() 陶磁器花瓶の花束 額寸:72×92cm |
![]() 椿(第1版) 売約済 |
![]() フランドルの船 |
![]() サンマルコ広場 売約済 額寸:91.5×80cm |
![]() コンポートのある静物 額寸:75×82.5cm |
![]() ギルビネックの灯台 売約済 額寸:78.5×96cm |
![]() カルメン(マギー版) 額寸:68×86.5cm |
![]() 楽器のある静物画 売約済 |
売約済 |
額寸:78.5×96cm |
![]() サーカスシリーズ〜ピ 額寸:66×88cm |
![]() アネモネ 売約済 |
![]() 小さな海岸 売約済 |
![]() サーカスシリーズ〜女 売約済 |
![]() サーカスシリーズ〜空 売約済 |
![]() 闘牛士 売約済 |
![]() ボーモン教会 売約済 |
![]() サーカスシリーズ〜コ 売約済 |
![]() グルネル橋 額寸:82×72cm |
![]() アネモネのある静物 額寸:95.5×81cm |
![]() 百日草 |
![]() 谷の城 額寸:92.5×76.5cm |
![]() 青と黄のカフェ 額寸:95×81cm |
![]() サーカスシリーズ〜綱 額寸:73×95cm |
![]() アルバム サンフランシ 売約済 |
![]() アルバム パリ〜凱旋 売約済 額寸:96×81cm |
![]() 干潮時の漁船 売約済 |
![]() サーカスシリーズ〜ピ 売約済 額寸:77×100cm |
![]() 昆虫 売約済 額寸:92.5×79.5cm |
![]() 青い背景のピエロ 売約済 |
![]() 静物 売約済 |
![]() 5本のバラ 売約済 |
![]() 3本のバラ 売約済 |
![]() プリュリア通り 売約済 |
![]() アルバム ニューヨーク |
![]() アルバム ニューヨー 売約済 |
![]() モンフォール・ラモリー 売約済 |
![]() 信号所 額寸:94×79.5cm |
![]() 菊 売約済 |
![]() アルバム サンフランシ 売約済 |
![]() サンジョルジュ島 売約済 |
![]() 燈台 売約済 |
![]() 石油ランプ 売約済 |
![]() ベゴニア 売約済 |
![]() サントロペ 売約済 |
![]() 籠のある静物 売約済 |
ベルナール・ビュッフェの作風
鋭角的なフォルムと力強い描線、モノトーンに近い色彩が、ビュッフェ独自の画風を築きあげています。作品は苦悩と不安に満ち、それは第二次世界大戦の荒廃した時代を具現化したとされ、“時代の証人画家”と賞賛されました。
ビュッフェは画家にして版画家であり、リトグラフ(石版画)とドライポイント(銅版画)も手がけていました。とくに銅版に絵を直彫りし、その凹面にインクを詰めて刷るドライポイントといわれる技法は、「線の画家」とも呼ばれるビュッフェの鋭いフォルムや描線を表現するのに適していました。また、リトグラフはその特徴である色彩の美しさがビュッフェ作品の強い印象を和らげ、油彩画とは一味違った魅力を生み出しています。
またビュッフェは、妻・アナベルの豊かな才能や表情から多大な影響をうけ、創作活動においてさまざまな表現の試みをしています。モノトーンの画風から多くの色彩を使うようになり、以前よりも絵に明るさが加わりました。彼女をモデルにした作品も多く残っています。
日本にも7回訪れ、相撲や寿司を好み、大変な日本びいきでした。
画家略歴 ベルナール・ビュッフェ
ベルナール・ビュッフェ |
1928年 |
7月10日パリに生まれる。エコール・デ・ボザール(国立芸術大学)に学び、ナルボンヌに師事 |
1947年 |
この頃から、アンデパンダン展、サロン・ドートンヌ、サロン・ド・メ等に出品して注目を集める |
1948年 |
弱冠20歳にしてクリティック賞を受賞し、新しい具象画の旗手として名実とともにスターとなる |
1952年 |
この年以降、毎年2月にテーマを決めた新作個展を開催して、パリ画檀における不動の地位を確立 |
1973年 |
静岡県駿東郡長泉町に世界初のビュッフェ美術館開設 |
1978年 |
油彩画による「フランス革命展」を制作(モーリスガルニエ画廊、パリ) |
1980年 |
岡野喜一郎氏の招きで来日。ベルナール・ビュッフェ美術館を訪れる |
1981年 |
妻であるアナベルの文章とビュッフェの文字による「日本旅行」の挿絵のために、24点のリトグラフを制作 |
1986年 |
「オランダ展」開催(モーリスガルニエ画廊、パリ)。リトグラフ集「ヴェニスの眺望」制作(モーリスガルニエ社) |
1987年 |
名古屋市愛知県美術館にて、代表作約80点を集め展覧会開催 |
1988年 |
2月に「相撲と歌舞伎展」、10月に近作展開催(いずれもモーリスガルニエ画廊、パリ) |
1991年 |
2月に「ニューヨークの眺望展」、10月に「ブルターニュ展」開催。東京、大阪、およびソウルで展覧会開催 |
1994年 |
2月に「オデュッセイア展」、10月に「ブルターニュ展」開催 |
1995年 |
「七つの大罪展」開催(モーリスガルニエ画廊、パリ) |
1999年 |
10月5日死去。享年71歳。フランス学士院芸術アカデミー会員 |
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